70S3-VIII (小三・八月号)

バレエ星
掲載 「小学三年生」昭和45年八月号
頁数 扉+19p.+かすみちゃんコーナー
総コマ数 68
舞台 『コッペリア』公演会場/花田バレエ団
時期 6~7月頃
梗概 花田先生はバーバラにあざみさんの代役を任せ、かすみには「舞台が終わるまで部屋から一歩も出ないように」と命じる。バーバラは舞台を見事に踊り通すが、終演後、あざみさんが転落した階段に残された衣装の切れ端を発見する。かすみが突き落としたのではない事実を知ったが、彼女はあえてその事を花田先生には知らせなかった。一方の花田先生は「あざみさんがああ言っている以上」証拠がない限りかすみに対する疑念を晴らす事ができないでいた。公演を終えた楽屋裏で、花田先生は自身のヨーロッパ訪問に同行する生徒を一人選ぶと発表。そのための試験として「風」をテーマとした創作舞踊を課題として出す。海外への夢を馳せて意気込む生徒たち。かすみもこの試験にすべてをかける決意で特訓を始め、ついに「強風に舞い上がる木の葉」の踊りを完成させる。花田先生は、かすみの発表した課題に感嘆するものの、あざみさんの事故への疑念から、ヨーロッパに同行する生徒としてバーバラを選んでしまう。
扉絵 単色/「谷ゆきこ」/白黒反転は珍しい。「かなしいバレエまんが」の但し書きも見られない。

かすみはヨーロッパ研修の課題にすべてをかける

前回までのあらすじ [1]

[1] 「ママに死なれて、みなし子になったかすみちゃんは…」

「みなし子」という表現は、本編ではこの箇所のみ。

バーバラは代役を果たす [2~11]

[3] 「あなたは舞台が終わるまで、へやにいなさい。一歩も出るんじゃありませんよ」

逃走のおそれのある容疑者を拘束するような扱いで、花田先生のかすみに対する疑念はかなり強い様子。

[4] 「あの子が…、あの子があざみさんをつき落としたなんて…」

「突き落としたなんて、信じられない」なのか、あるいは「つき落としたなんて、そんなひどい子だったのだ」なのか。花田先生の心の裡の真意は読者の想像に委ねられるが、おそらくはどちらも入り混じった複雑な感情なのだろう。

[5] 「きゅうきゅう車はまだなの?」「すぐ来ます」

曰く因縁のあるかすみを外してバーバラに代役を言い渡す「損切り」の即断力といい、舞台に影響のないようにてきぱきと冷静に処置を進める切り替えの早さといい、花田先生は流石に長年の経験を積んだプロであり、バレエ教室の経営者として成功した所以といえる。

[9] 舞台上のバーバラ

第3幕の結婚式の場面と思われる。

[10] 「うまい!かすみちゃんよりうまいかも知れない」

バーバラに代役を指名した事は間違っていなかった、と安堵する花田先生。
後出にも見られるように、花田先生は踊り手の背景にある“心のあり方”よりも、目で見て判断できる技術の巧拙に重きを置く傾向にあるようである。彼女の心の裡では、感情的なわだかまりを抱えているかすみよりも、そうした経緯の外にあるバーバラを重要視するようになっている。

階段に残された切れ端… [12~32]

[13] 「さあ、着がえたらおいわいの会よ」「ジュースでかんぱいね」

目の遣り場に困りそうなロー・アングルでの描写だが、続く[14]で発見される「足元の位置にある衣装の切れ端」への視点を読者に予告するものとも読まれる場面。

蛇足だが、この頃はまだこうした打ち上げの席で「烏龍茶」が出ることはなかった。 (*1)

[14~19] 衣装の切れ端を発見するバーバラ

[14] 切れ端のアップ。
[15] 切れ端に気づくバーバラ(この時点では「自分の衣装の一部」という確信はない)。
[16] 「これは?」(さらに屈みこんで確認)。
[17] 膝をつき、裾を捲り上げて、衣装の破れに気づく。 (*2)
[18] 衣装の破れ目に切れ端を当てがい、同じものと認める。
[19] 「かすみちゃんがつき落としたのじゃないわ。着もののすそが、あのくぎにひっかかって…」

順を追って状況を絵で表現する映画的手法。
この場面のバーバラは、まだかすみに対する対抗心を明確にしておらず、読者にも「あざみさんとは違って、彼女は事実を正直に証明してくれるのでは」という期待を抱かせている。

[20] 「かすみちゃん、ないてばかりいないで、はっきり言いなさい」

花田先生は公演の幕が降りてから間をおかず、楽屋で待機中のかすみに事情を厳しく問い質している様子。しかし何度訊ねられたところで、かすみとしては「私はそんな事しません」[22]と応えるしか術はなく、その言い分も聞いてすらもらえず「はっきり言え」では、泣き出してしまうのも無理はない。

[22] 「でも、かいだんの上には、ふたりだけしかいなかったというじゃないの」

冷たい表情でかすみに詰問する態の花田先生。そこには[70S2-III]以前に見られたような、かすみに対する細やかな心配りは感じられない。
花田先生は、以後この件に関してはあざみさんの言い分のみを根拠として疑い続け、かすみを一切庇うことなく済ましている。後出のように軽度の怪我で済んだ事もあってか、時が経つに連れて暗黙のうちに不問に付しているようではあるが、かすみに対する疑念と不信感は本編の終わりまで解消される事はない。

[24] 「ああ、バーバラ、なにかようなの?」「えっ、い……いえ、なんでもありません」

事故の真相を知ったバーバラがここで「階段で衣装の切れ端を見つけた」と報告していないのは、かすみに(普段見たこともない様子で)厳しく問い詰めている花田先生に声を掛けづらかったためと考えるのが、この時点では自然に思われる。

かすみに代わって代役を立派に果たした後でもあり、ここであえて真相を隠すメリットはあまりないはず。

もっとも、ここで真実を伝えたところで、現時点で明らかに冷静ではない花田先生の疑念が解消する保証はないわけだが。

[26] 「だれにでも、主役をおどりたいという気もちはあります。でも、人をつき落としてまで……」

かすみがそのような考えを抱き、実行に移すような性格の少女であるか否か、一つ屋根の下で暮らしていながらわかっていない事は、指導者として以上に、かすみの実質的後見人としてかなり問題があると言わざるを得ない。

また、別の穿った見方をすれば、(「誰にでも」という表現に表されるように)花田先生もそのような感情を抱くことがあるという事でもある。

[28] 「あざみさんがああ言っているいじょう、何か、しょうこでもあればいいのだけど」

あざみさんの「かすみが自分を突き落とした」という証言の信用性は、公平に見れば「私はなにもしていない」というかすみのそれと変わらないはず。その上で、ここで吐露される「かすみよりもあざみさんの言い分を優先する」という花田先生の本心は重要。

どれほど人として外れた事を行い、バレエ団の評判を落としかねない事をしでかしても、彼女にとってはあざみさんが第一であり、たとえ親友の娘であっても、かすみは二番目以降、場合によっては他の生徒(例えばバーバラ)と代替可能な位置付けとなる。 (*3)

先の『バレエ星』酷評も、後出する退団勧告も、すべてはこの関係性を根源としている。

ヨーロッパ行きの課題「風」 [33~44]

[34] かすみを呼びに来たアーちゃん

舞台裏で起こった事件については知らない(知らされていない)様子。

[36] 「先生が早くパーティーのせきへいらっしゃいって」

かすみの言い分をまるで信じなかった花田先生だが、パーティの席には顔を見せろと伝えている。
疑惑の残された状態で彼女が仲間の前に姿を見せるのは“晒し者”扱いにも等しいようにも思えるが、先生としては、生徒の動揺を拡げないように“普段と変わらない”ように行動することを求めているのだろう。

[37] 宝劇場

前回の会場楽屋口には「OK劇場」と書かれている。

[39] バーバラを祝福する花田先生と生徒たち

花田先生は、バーバラが「かすみに代わる優秀な生徒」として認めた事を生徒の前で示している。

「だって、本場のイギリスのちがながれているんだもの」
本作と先立つ『白鳥の星』では、“バレエを本格的に学ぶべき外国”はフランスだが、その地位がイギリスにシフトするのは次作『さよなら星』と後期〈『星』シリーズ 〉の『ママの星』『アマリリスの星』である。一方、日本のバレエ文化隆盛に大いに寄与したロシア(当時はソヴィエト連邦 (*4))など東欧圏への指向は、『バレリーナの星』終盤と、その後日の課題として予見されている。

「あざみさんにはわるいけど、バーバラの方がうまいわね」「そうよそうよ」
本人が怪我で不在なのをいい事に、本音を漏らす一部の生徒。もっとも、あざみさんに対する一般生徒の評価は案外とこのようなもので、問題の多い性格ゆえに、(後継者なので表立っては口にしないものの)内心ではそれぞれ含むところがありそうではある。

一方、かすみとバーバラを比較する声は(少なくともこの場面では)聞かれないが、本人がその場に姿を見せていることもあり、事故にまつわるあれこれを気遣って、あえて口にしていないのかもしれない。

[40] 「先生!」「あっ、あざみさんどうだった?」

「あっ、あざみさん(の怪我の具合は)どうだった?」の含意。
その場にあざみさんが戻ってきたわけではない。

[41] 「足をくじいただけで、すぐなおるそうです」

あざみさんの容態を報告する生徒は、かすみよりも年長者に見える。おそらくはあざみさんと年周りの近い同輩で、今回の舞台では裏方を担当、救急車で病院まで付き添っていったものと思われる (*5)
完全に無傷だったとは言えないまでも、「足が折れた」などと大騒ぎした割に軽傷で済んだ事は不幸中の幸い(あざみさんの悪運の強さと言えなくもない)。居合わせた生徒たちもとりあえず安堵したことだろう。
しかしその事よりも「かすみがあざみさんを突き落とした」疑惑が、解消されぬままかすみの周囲にまとわりつき、彼女の前途に陰を落とすことになる。

この報告を聞く他の生徒たちの雰囲気や、かすみの沈んだ面持ち、この日の主役のはずのあざみさんの姿が見えない事などから、アーちゃんはここで初めて「何かが起こったらしい」と気づいたようである。

【追記】非常に気まずい雰囲気になってしまったパーティだが、その後、少なくとも花田バレエ研究所の生徒たちの間では、かすみに対するあざみさん転落事故の嫌疑は(もちろん生徒個々人の温度差があるにせよ)徐々に解消していったようでもある。この一件に関する生徒たちの視線は、花田先生とは異なり案外とドライだったのではないだろうか。 (*6)

[42] 花田先生のヨーロッパ研修旅行計画

公演を終えた6月下旬頃のこの日から、選抜試験の準備 (*7)のために一定の期間が設けられるとして、出発日は翌7月下旬あるいは8月上旬ということになるだろう。帰国は後に示されるように11月末で、約4ヵ月の大旅行である。ただ、花田先生が到着してから9月に入るまではヨーロッパのヴァカンス期間のため、舞台はシーズン・オフ、メインのバレエ公演は行われていない。バレエ学校なども休業していると思われるが、たとえば国外(この頃は主にヨーロッパ圏ということになる)の受講生を対象とした夏季セミナーは開催されているかもしれない。

この長期にわたる旅行(後出の情報ではアメリカにも足を伸ばすようである)を可能とする資金をどう工面したのかは非常に気になるところ。経営的に成功していると見られる花田バレエ団にしても、公的機関(たとえば文化庁)や企業・財団の助成なしには実現は困難ではないか(有力な後援者パトロンの存在も考えられるが…)。また、長期不在の間、日本に残して行くその他大勢の生徒の面倒は誰が見るのか。特に描写はないが、代行の先生を臨時に雇っているのかもしれない (*8)

「みんなの中からひとりだけつれて行きます」
後継者であるはずのあざみさんは、どうも最初からその対象ではなかった様子。 (*9)
花田先生は「経営面などの実質的な後継者としてあざみさんを選び、芸術面や指導面ではかすみの(研究所専属の教師などへの)成長に期待をかけていた (*10)」という運営上の将来設計を抱いていた、との穿った読み方も出来なくはない(もちろん[70S3-VI;27~]で吐露されたかすみと後進バレリーナへの期待も確かにあるだろうが)。




ヨーロッパに同行する生徒の選抜

まず、出発日が選抜試験の日から一週間後というスケジュールは現実的でなく (*11)、あらかじめ目星をつけた生徒に早くから内示して、形の上での選抜試験を行い公平性を担保する、という手段を踏んでいない限りこの日取りには無理があるだろう。 (*12)

以下は一つの読み方である。

何事もなければ、試験を行うまでもなくかすみを連れて行く事にほぼ決まっていた[70S3-VI;27] (*13)のだが、あざみさんの転落事故の疑惑が絡むため、そのままでは周囲の納得が得られないだろうと花田先生は考えた。そこで、形式的に「選抜試験をパスした」という事にしておけば大義名分は立つだろうと踏んで、このパーティの席で唐突に生徒全員に向けて発表した。 (*14)

[44] 「やるわよわたし…」「いいえ、ヨーロッパ行きは、わたしがいただきよ」

花田先生の提案に意気込む生徒たち。後出にも見られるように、研究所の多くの生徒たちの“自己評価”は割合と高めのようである。実際のレベルとの落差はさて措くとして、そのようなモチベーションを上げられる雰囲気づくりは、花田バレエ研究所を経営的に成功させている(少なくともそのように見える)一因なのかもしれない。

なお、この場面はガラス一枚を隔てた側から会場の中を眺めたように描かれている。屋外のカメラから撮影する形で、中央手前の生徒が「風… 風…」と呟きながら頬杖をついて窓外の夜空を見上げているであろう様子が、この場の空気のリアリティを添えている。

「強風に舞い上がる木の葉」 [45~59]

[47] 「お花がいっぱいさいた野原にふく、春の風がすきよ」

「風」の課題を考えるかすみは、アーちゃんに「どんな風が好き?」と訊ねる。

「春」はそのまま「野姉妹とその母」のイメージである。

[48] 「だって、ママのあまいにおいをはこんでくるみたいだもん」

その「春」の匂いは、姉妹の母の香りそのものである。
[69S2-IV:1]にも描かれた「嗅覚による肉親の識別」。

[49] 「でもね、アーちゃんは、たい風の時にふく、強い風がいいな」

幼いなりにアーちゃんは、母のいない今を生きるための“強さ”を求めている。

[50] 「だって、ママもパパもいないんだもん。強くならなきゃ」

そのような言葉とともに、鉄棒を持つ腕がどこかたくましく描かれて見える。

[51~52] 春風と台風のイメージを思い巡らすかすみ

かすみにとっての「春」は、彼女自身そのものと言ってもよい。 (*15)
人生の困難を経て、花田先生からも疑惑の眼差しを注がれている今、かすみは“もっと強い、新しい自分”へのイメージの脱皮を追い求めてゆく(成長と変容の希求)。

[54] かすみの特訓

見開き全面に描かれるかすみの特訓風景。平均台上での縄跳三重回しやトランポリンなど、特に跳躍力の強化に重点が置かれているようである。
バレエの課題のためにこのようなアクロバティックな訓練 (*16)の必要性があるかどうかについては、漫画作品でもあり、あまり目くじらを立てて論じるものでもないだろう。ただここでは、課題の克服のために自ら工夫する創造性や、それを実現する身体能力の高さ (*17)が、その後のかすみの舞踏家としての大成を予感させるものとして受け止めておきたい。

「風にまう木の葉を今までのバレエにないようなおどりでやってみたい……」
[70S3-IV:51]でかすみの夢想していた「白鳥の湖やねむれる森の美女にもまけないような、すてきなバレエ」と同じく、彼女の創造に向けられたドラスティックな希求が窺われる言葉。

[56] 「さあ、それではやす子ちゃんから」

課題の発表は名簿順のようである。
トップバッターのやす子は、小柄でころころとした印象の少女。「うわあ、いやだな。一番におどるなんて」と言いつつも満面の笑顔を見せているところが可愛らしい。教室の仲間の中でも愛される性格の子のようである。

[57] 「やす子ちゃん、うまくなったわね」

やす子の踊りに周囲の生徒は前向きな評価 (*18)。またテクニック云々よりも、熱心さが彼女の持ち味であり長所なのだろう。その事を日常親しく接している生徒たちは好意的に理解しているようである。

一方で花田先生は、あからさまに言葉には出さないものの「この子は熱心なんだけど、ちっとも上手くならない」と、熱心さよりも技術の未熟さに目を向けている。短期間にかすみの技術レベルを飛躍的に伸ばすことのできた指導者でもあり、それだけに「なかなか上手にならない」生徒には、内心歯がゆい想いを常に抱いているのかもしれない。

何気ない一コマではあるが、花田先生の指導者としての傾向を示している場面ともいえるだろう。
後出のアリア先生が「踊りにはその人の心が表れる」という考え方を示す場面と比較してみると面白い。

[58] かすみの踊る「風」の課題

“強風に翻弄される枯葉”は、「あざみさん転落事故」に関する嫌疑(強風)に翻弄されるかすみ自身(枯葉)という彼女の現在の境遇を表わしているともいえる。少なくともそのように捉えられかねない課題を花田先生の面前で披露した事は、無意識的であれ、不当な嫌疑をかけた先生に対するかすみの抗議の意思が含まれていなかっただろうか。

一方バーバラは、花田先生とかすみの間の微妙な感情の揺れを知らない。ただ、思ってもみなかったかすみの課題発表に圧倒されている。

[59] バーバラの踊る「風」の課題

“翻弄される”側を表現したかすみに対して、全く反対の“翻弄し、すべてを破壊する”つむじ風を題材に選んだバーバラ。花田先生の言葉ではないが、その後に展開する彼女の性格と行動原理がそのまま表出されている。

かすみもまた、バーバラの怒涛のごとき表現力に「バレリーナになるために生まれてきたような子」と感嘆している。

ただ、読者の視点からは、(主人公に対する贔屓目があったにしても)芸術性の高さや情緒的な共感度では、かすみの課題に軍配を挙げるのではないだろうか。

花田先生の選択 [60~68]

[60] かすみとバーバラの課題を引き比べる花田先生

「バーバラは、すばらしいそしつを持っている」

「基本を習ったら、あとは努力と才能」「手取り足取りして教わっても、駄目な人は駄目」というバーバラの価値観は、[57]に垣間見える花田先生の指導理念に不思議と似通っている。師弟間の相性の面から見れば、バーバラの方がより良好な関係を築く事ができるのだろう(後出のように何かしらのトラブルが生じない限りは)。

「でも、きょうは、かすみちゃんが一番よかった。ずい分けいこしたあとがみられるわ」

それでも、今回かすみの見せた課題が生徒の誰よりも抜きん出ていた事は、感情的な経緯とは別に認めざるを得ない。指導者としての矜持は、まだ花田先生に選択の余地を残している。

なお、フキダシの形状を見ると、前者の台詞(「バーバラは…」)は声に出しているが、後者(「でも…」)は“内心の声”にとどまっている。
どちらを選ぶかは“既定路線”なのだろうが、心の中ではまだ思い切れていない。

窓越しに描かれるビルの上の文字は「グロリアスカイライン」と読める。いずれも日産の製造する乗用車名。

[61] 「あの子をつれて行ったら、さらにうまくなるかも知れない。でも、あざみさんのこともあるし……」

しかし花田先生は、あざみさんの一件にこだわり、かすみの「さらに上手くなるかも知れない」チャンスに目を瞑ってしまう。
あざみさんとの関係の“業”もあるだろう。また、かすみの課題の「強風に翻弄される木の葉」という内容それ自体が「花田先生の嫌疑に翻弄されるかすみ自身」と重なり、そこに彼女の自分に対する挑戦的とも受け止められる反抗心を読み取ってしまったのかもしれない。

[64] 「ヨーロッパへは、バーバラをつれて行きます」

やけに目に焼き付いてしまう仰瞰だが、最終決定を伝える花田先生の(おそらくはかすみの感情的視点で受け止められた)“威圧感”を、小さいコマながらも読者に印象づけている。

[65] 発表を聞くかすみ、バーバラ、生徒たち「えっ、バーバラ!」

「えっ、バーバラ!」がかすみの発した言葉(あるいは内心の声)なのか、周囲の生徒たちの驚きの声なのかは定かではない。
前者であれば、明らかに納得していないかすみの表情とともに、彼女の複雑な心境をさらに強調している事になるだろう。後者の場合、[59]で示した“読者の視点”と同じく、生徒たちも課題の出来栄えはかすみの方が上だと思っていたところ、意外な結果に驚いているようにも読み取れる。

[66] 発表を聞いた生徒の反応

「バーバラおめでとう」「ここんとこ、ついてるみたいね」
発表会以後、生徒たちは花田先生がかすみよりもバーバラをより評価し重要視しつつある事を認識しているが、その理由が二人の実力の問題以上に、それまで積み重なってきた花田先生とかすみの関係の悪化にある事にも気づいている。その“漁夫の利”に乗った形のバーバラは、確かに“ついている”ように受け止められるのだろう。

「がっかりだわ。ぜったいわたしだと思ってたのに……」
[44]にもみられた生徒の“自己評価の高さ”。
この台詞の生徒は、[57]のやす子の後ろで踊る子に髪型が似ている。

「お気のどくさま!およびじゃなくて……」
およびでない」は、植木等(クレージーキャッツ)の持ちネタのひとつ。場違いな場所に現れ場違いな行動をしたあげく「お呼びでない?…こりゃまった失礼しました」とオチをつける。

[67] ガヤガヤ

めずらしくカタカナ表記(多くの場合「わいわい」とセットでひらがな表記)。

[68] 悔しがるかすみ

このような感情をかすみが露わにする場面は全編通じて珍しい。そこには「花田先生は、あざみさんの事故で自分に抱いた不信感のために、課題の評価を下げた」という想いが棘のように心で疼いている事もあるだろう。
自殺未遂に至った「花田先生との信頼関係の崩壊」は、この時点においてもいまだに陰を落としている。


F2-Kasumi.png


  • 最終更新:2019-12-03 23:46:32

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