71S4-V (小四・五月号)

バレエ星
掲載 「小学四年生」昭和46年五月号
頁数 扉+14p.
総コマ数 59
舞台  
時期  
梗概 帰国記者会見/バーバラ移籍を促され花田バレエ研究所を退団/「バレエ星」台本の書き直しを進めるかすみ/バーバラ「バレエ星」発表のニュース
扉絵 単色/「☆…日本に帰ったかすみは、『バレエ星』の本がなくなっているのに気づいた。本はいったいどこに!?」

バーバラの退団 ー 偽りの『バレエ星』発表

前回までのあらすじ [1]

[1] 「そのうえ、『バレエ星』の本を書こうと、かすみがバッグをあけると」

台本の原稿は、パリまで持ち歩いて書き続けていた。

帰国報告を受ける花田先生 [2~18]


[5] 階段

花田先生の部屋は階上にある。

[6] ノックするかすみと傍のアーちゃん

アーちゃんの姿勢が幼児風。


[9] 「今電話で、アリア先生とお話してたのよ」

電話はアリア先生の方から、かすみが無事に着いたか、アーちゃんの具合はよくなったのかを確認するためにかかってきたのだろう。


[12] 「あなたに、おめでとうのキッスができないのが、ざんねんだって」

無断帰国がパリ・バレエ団に対して迷惑になっていないかどうか、かすみは気にしながら帰国の途に着いたものと思われる。アリア先生の愛情のこもった言葉にかすみは安堵した事だろう。

[14] (アーちゃんが)るす中、とても元気でしたっていったら、なんだかようすが変だったわ」

[15] 電報の事実を話すかすみ

彼女としては告げ口めいた形で伝えたくはなかったのだろうが、そうした背景を知らない花田先生の言葉が伝わる事で、アリア先生との関係が再びこじれてしまうのを心配しているのだろう。
この事については、花田先生はバーバラに対して腹を立てている。その理由は次の[18]の台詞に顕れる。

[16] 新聞記者が集まって来る

外電で伝えられたかすみのパリ・デビューのニュースで集まった記者たち。いつの間にか記者会見がセッティングされているが、かすみが突然帰国してしまった事も伝えられているのでそのような運びになったのだろうか。(後出の考察コメント参照)


[18] 「バーバラは、こまったことをしてくれたわね。アリア先生に、なんていっておわびしたらいいか……」

花田先生が「かすみが慌ただしく帰国させられた事」以上に「自分自身のアリア先生に対する面目」を気にしている様子に注意すべきか。
この性格的傾向は、物語終盤のかすみとの関係悪化の一因ともなっている。

報道陣に囲まれるかすみ [19~28]

[21] パリ新聞の特派員

架空の新聞。特派員を送れる新聞社ということは、ある程度の大新聞社と考えてよいだろう。文化欄に強い「フィガロ」紙あたりの想定か。

[22] アリア先生のメッセージを伝えるパリ新聞特派員

かすみさんに、おめでとうのあく手ができなかったのが、ざんねんです。わたしにかわって、おいわいのキッスをおくってほしいとのことです
習慣的に「おめでとうの握手」は、かすみとアリア先生の師弟関係を考えれば他人行儀すぎるだろう。せめて「抱擁 (embracement)」とすべきところ。「“握手”の代わりに“お祝いのキッス”を」というのも不思議。
「本当にアリア先生のメッセージだろうか」と勘ぐる向きもあるかもしれないが、ここは後出コメントで想像しているような「アリア先生の深慮遠謀」を深読みしてみるのも物語的には面白い。

[23] 特派員の男性のキッスを受けて真っ赤になるかすみ

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今時なら立場を利用したセクハラ案件に見られかねないが、この当時は「微笑ましいシーン」のように捉えられていたのではないか。なお、〈『星』シリーズ 〉で男性からこのような扱いを受けたのはこの場面のかすみのみである。

[24] アリア先生からアーちゃんへのお見舞い

当然ながらフランスから花が空輸されたわけではない。アリア先生が、アーちゃんが元気であることを知る前に、特派員に準備を依頼したもので、情報のタイムラグが見られる場面。

[25,26] 今後のかすみの活動を訊ねる記者たち

「機会があれば、また外国のぶ台にたたれますか」
「花田先生は、世界的プリマバレリーナをやくそくされたかすみさんを、今後、どう育てられますか」

予想以上にかすみの今後を期待する声は多い。前年秋のゴシップなど忘れられたかのようである。まともな社の記者が主らしく(前年来懇意の記者も複数いるだろう)、かすみの中傷記事が三流ゴシップ雑誌で流れていた証でもあろう。
ここで花田先生がかすみのバレエ台本執筆に言及している。表題には触れていないものの、「春野かすみ=創作バレエ」の印象は広く知られるようになったのではないだろうか。その後、この“少女舞踏家ニュース”に出遅れた日日新聞が、バーバラをかすみと比較する形で喧伝する。




記者会見と、アリア先生の「深慮遠謀」

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この急遽開かれたかすみの帰国会見で先陣を切って取材を始め、また全体の進行も仕切っている様子のパリ新聞。
おそらく会見の場を中心となってセッティングしたのはこの外国報道機関で、かすみがパリでの公演を終えて間もなく、慌ただしく帰国してしまった後、アリア先生(あるいはその周辺)がいち早く日本の支局に連絡を入れたのではないだろうか。アーちゃんの病気連絡が虚偽だった事を知る前であり、見舞の花束の準備もこの時に依頼されたもので、その後の花田先生への国際電話[9]は、かすみの帰国の件のほか「パリ新聞が日本で記者会見を行う」旨の連絡も含まれていたものと思われる。

前年の日本滞在時、アリア先生はかすみが被ったメディア・ハラスメントを目の当たりにしていた。そしてまた一方で、日本のメディアが実は外電に対して弱い事も承知していたものと思われる。そこで当初は、パリでかすみの記者会見を行い、前年に湧き上がったような日本での怪しげな報道の動きを予め封じる心算であったのだが、思いがけずかすみが帰国してしまっていたため、パリ新聞日本支局に連絡を入れて会見の場を設けるように手配した。そして、その際には素性の確かな報道機関が選定され、ゴシップ記事を書き立てるような雑誌やタブロイド紙などは排除されていたと考えられる。 (*1)
また「外国特派員の男性から祝福のキッスを受けるかすみ」[23]というイメージ戦略も、実はアリア先生の深慮遠謀のうちに含まれていたのかもしれない。事実、ここでかすみの“清楚さ・初々しさ”をアピールした事は、それまでにつきまとっていた彼女に対するネガティヴなイメージの払拭にも繋がるものでもあるだろう(『行間の断章』〈奪われた『バレエ星』〉参照)。先の『白鳥の湖』公演では、かすみの他にも世界各国から選抜された少女たちが出演していたわけだが、その中で特にかすみに対してここまでの配慮を施しているのも、かすみがアリア先生の「タカラモノ」であるからに他ならず、それだけ彼女の才能と人柄を愛し、将来の成長を期待している証しといえる。

一方で、ゴシップ記事を書く雑誌・タブロイド紙側などからすれば、この帰国会見は“予測していなかっただまし討ち”にも見えたかもしれない。それゆえか、後出のバーバラ関連記事での日日新聞の論調は、かすみに対してどこか距離を置いた批判的な臭いを漂わせている。


台本紛失を知らされた花田先生 [29~34]

[29] 記者会見後の灰皿

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花田先生の吸い殻ではない。

[30] 「バレエ星の本を完成なさい。ぶ台は、それでかざりましょう」

[31] 台本紛失を伝えるかすみ

記者会見の間、いつ話題に出されるか薄氷を踏む思いだったのだろう。

[32] 「あんなだいじな本をなくすなんて」

台本紛失について、花田先生はまずかすみの不注意をとがめる様子。

[33,34] 書き直しを勧める花田先生


退団を促されるバーバラ [35~39]

[35] 記者会見後、花束を持って出て来る花田先生

さっきは、はずかしくてこまったわ」ときまり悪げな様子なのは、アーちゃんの病気の事を問われて返事に窮したためだろうか (*2)。このアリア先生への失礼に繋がる電報の一件がバーバラに起因している点に内心腹を立てている様子。花田先生からすれば「あれだけ目をかけてきたのに」という思いなのだろう。
また「アリア先生に、お礼とおわびの電話をしなくちゃ」とあるように、花田先生はこの後、お見舞いのお礼と偽電報のお詫び(自分の名前で送られているだけにかなり気まずい)、加えて『バレエ星』台本紛失の件など、かなりややこしい内容の国際電話をしなければならない。本来ならば心から祝福し喜ばねばならないかすみの成功と帰国に、大いに水を差すことになってしまったのも、花田先生の立場を損ねてしまう「こまったこと」である。




アリア先生の疑念と『バレエ星』パリ初演への伏線

ところで、かすみの帰国直後の顛末(偽電報と台本紛失)を花田先生からの国際電話で知ったアリア先生の、本編では描写のない場面での反応が気になる。

まず電報の件では、当然「花田先生自身の名前で送られていたが、それは間違いである」という説明がされるはずだが、送り主がバーバラであった事実は伏せられ、「誰が送ったのかはわからないが…」という具合にぼやかされていたと思われる。先の選抜コンクールに代表として送った生徒のしでかした事なのでかなり気まずく、場合によっては監督責任問題に拡がる可能性もある。歯切れの悪い花田先生の説明に、アリア先生は何かしらの疑念と不信感を抱いたのではないだろうか。

また『バレエ星』紛失の件では、かすみがバレエ台本を書いている事は(何か創作物を書いているようだ、と気づいてはいたとしても)そもそもこの場面の時点では特にアリア先生の知るところではない。その台本がかすみにとってどのように大切なものであるのか、一から説明がなされたのではないか。後にアリア先生は『バレエ星』パリ初演を企画するが、その伏線はこの国際電話から始まっていると見るべきだろう。
なお「台本はパリの宿舎で紛失したのでは」と疑われる事は、アリア先生にとってあまり良い心持ちのするものではなかったかもしれない。もちろん大切なかすみのために、彼女の寝起きしていた部屋から練習室まで、隈なく調べられたであろう事は想像に難くないが。

前年の来日時に、かすみが故なきメディア・バッシングを受けるのを目の当たりにしていたアリア先生である。「偽電報と台本紛失」という、かすみ帰国後の不穏な状況を聞いて、彼女を陥れようとする怪しげな動きが再び見られ、しかもそれが「花田バレエ団のごく内部」で蠢いている事を敏感に感じ取ったのではないだろうか。
そのためだろうか、その後[71S4-XII]で明らかにされる上記『バレエ星』パリ初演の企画は、それを具体的に進めるにあたっては花田先生(=花田バレエ団)を経由する事なしに水面下の準備を行なっていた節が見られる。

※『行間の断章』〈その日、かすみは何処に出掛けたか〉は、上記の推測に基づいて敷衍されている。

[36] かすみの帰国を祝福する生徒たち

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かすみのバレエの実力もさることながら、偉ぶらず素直で誠実な人柄は、やはり人々に愛される要素なのだろう (*3)。前年はあざみさん転落事故の一件でこじれることはあったものの、不在中のあざみさんの態度や、中途帰国したバーバラの様子などで、かすみの潔白は皆薄々気がついていたのではないだろうか。そうした周囲の環境の変化によるものだろうか、アーちゃんもかすみの出国前に比べて伸び伸びとした表情が多くなっている。
逆にバーバラは、それら生徒の輪の中に少しずつ入り込みにくくなってしまったようである。

[37~39] バーバラに移籍を促す花田先生

同業者に対する面目を潰される事は花田先生の最も嫌がる事らしい(後の森山バレエ団スパイ疑惑での常軌を逸した激昂ぶりの伏線か)。移籍を促すのに留まっているのはまだ温情があるのだろうか。
バーバラも花田先生の掌を返したような扱いに「裏切られた」と感じた様子。その復讐の思いが『バレエ星』盗用という“背信的行為”につながってゆく。

台本の記憶を呼び戻そうと踊り続けるかすみ [40~53]

[40~53] 台本書き直しに余念のないかすみ

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文字に書き記したもの以上に、体で覚えている感触を重視している様子。筋肉の端々に眠っている『バレエ星』の踊りの記憶を呼び起こそうと、かすみは踊り続ける。

[43] 目を覚ますアーちゃん

和式の布団で就寝している。

[45] うたた寝するかすみ

もたれかかっているのはライティング・デスクだろうか。アップライト・ピアノに見える。

[50] 「せめて、ママの作った、第1部「星のせい」だけでも思い出せたらと思うんですけど」

『バレエ星』の構成については、[70S3-IV : 77] で始めの2幕分が母の作とされている。その後のあらすじでは「第1部を完成」とあり、3幕以降はかすみのオリジナルの部分と考えるのが自然だろう。「せめて、ママの作った第1部『星の精』の2幕分だけでも」と読み換えるべきか。
この時点では、かすみは台本全編を思い出すのに難儀しているようだが、自分自身の創作部分である第1部第3幕以降の復元はそれほど困難とは思えない。台本紛失のショックがまだ尾を引いているのではないか。

[51] 「アリア先生のところにもなかったし、どこへやってしまったんでしょうね」

アリア先生はかすみのために、おそらくはかすみの寝起きしていた部屋から練習室、ロッカールームに至るまで隈なく探したものと思われる。
なお、上記の台詞から「かすみはパリまで台本を携行し、台本執筆を続けていた」「アリア先生にはかすみの『バレエ星』台本執筆について知らされている」ことがわかる。これらはその後の重要な伏線となる。


バーバラ作『バレエ星』初演報道の衝撃 [54~59]

[53~54] 時間経過

従って、このコマの間に相当程度の時間が経過し、その間には、少なくともかすみのオリジナル部分の復元がかなりの程度まで進められているとみてよいだろう。目安としては2~3ヶ月程度か。

[58] 日日新聞の記事

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森山バレエ団の新星バーバラ
自作の『バレエ星』を発表、今秋公演

花田バレエ団の春野かすみ以上の……
森山バレエ団のバーバラは、そう作バレエ『バレエ星』全三部を発表。今秋第1部『星のせい』を公演することになり、バーバラ自身も、主役の星のせいをおどることに決定……
今までのバレエには見られないその新せんな作品は今から多くの期待を集めている……

読者には[50]で『バレエ星』が複数部分の連作構成をとっている事が暗示されているが、三部作(トリロジー)という情報はこのコマが初出となる。したがってうっかり読み流せば、バーバラがかすみの完成しきれなかった部分を完全に補ったかのような印象を受けてしまいがちな文章ともいえる。
だが実際には、バーバラは第1部の台本もまともに理解しておらず、残りの2部に関する情報もハッタリの可能性が高い。かすみの荷物から抜き出した台本を、そのまま森山先生に渡したのだろう。「三部構成」云々は、原台本の表題に「バレエ三部作『バレエ星』」のような添え書きとして記されていた情報ではないだろうか。
『バレエ星』トリロジー構想は、おそらくチャイコフスキーやストラヴィンスキーの「三大バレエ」の組み合わせを意識しているものと思われる。

[59] バーバラの台本盗用を疑うかすみ

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台本はいつ盗まれたのか。可能性としてはパリで同室だったバーバラが先立って帰国する直前にかすみの旅行バッグから抜き出した事が考えられる。おそらく初めは嫌がらせのつもりだったが、帰国後花田先生に移籍を促され、その恨みで別バレエ団での発表を企てたのだろうか(あざみさんの入知恵もあったと思われる)。
コンクール後本舞台までの間「一日の休みもなく」続くレッスンで、『バレエ星』に取り掛かる時間はなかったと思われる。そして慌ただしい帰国の際には、原稿の所在の確認もそこそこに取る物も取り敢えずの状況で、荷解きの時にようやく事態に気付いたのだろう。

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  • 最終更新:2020-08-29 12:37:44

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